~商品・役務の関連性に基づく判断の根拠とは~

1.はじめに

商標とは商品・役務の出所を表示し、自他商品・役務識別標識である。商標登録、異議申立て、審判などの商標審査案件から商標権侵害申立てに至るまで、類似商品・役務における先行権利を保護するために法の適用が主張される。

そのなかで、商品・役務の類否判断の根拠である「類似商品・役務区分表」(以下、区分表)は、権威のあるものとして適用されてきた。

近年来、市場経済の高度な発展に伴い、商品取引の方法や消費慣習、消費者の心理など変化が起きている。それにつれ、商品・役務の類似判断の基準も変わってくるはずである。

しかし、区分表は時代の変化を反映しにくい性質を有するため、法の適用の要請に添えないとの課題がある。そのことにより、区分表が非類似と規定している商品における抜け駆け登録や冒認出願行為を阻止することが困難になる。

そもそも、公正な市場競争の促進や消費者の保護は社会の利益に資するものである。区分表にもとづく商品・役務の類否判断も社会の変化に対応し、案件ごとに柔軟な判断がなされるべきである。

ところで、数多くの審査事例裁判例および、商標評審委員会の審査員が発表した論文などによると、以下の要件が充足された場合に区分表を超えた判断が下される傾向がある。

  • 被異議申立て商標と引用商標との類似性が高いこと
  • 被異議申立て商標の指定商品・役務が引用商標のそれとの関連性が高いこと
  • 引用商標が強い識別力と独自性を有していること
  • 引用商標に周知性があること
  • 被異議申立て商標権利者に不正の目的
  • 被異議申立て商標の登録や使用が関連する消費者に出所の誤認混同を生じさせやすいこと

本稿はこれらの要件のなかで、商品・役務の関連性の高さについて検討するものである。そのため、商標登録異議申立てや無効審判に関するいくつかの事案を収集した。これらをとおし、

商標局、商標評審委員会、裁判所の考え方を概観する。

2.検討

筆者は商標登録異議申立てや無効審判に関するいくつかの事案を以下のとおり選択した。これらをとおして、商標局、商標評審委員会、裁判所による、区分表を超えた判断の当否に関する意見を紹介する。

事例1:織物と紡績機など

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本件異議申立てのおもな理由は以下のとおりである。すなわち、異議申立人の商号「世泰盛」には高い周知性がある。被異議申立商標はその商号と同一であるうえ、指定商品もその商号を用いた商品と類似する。よって、被異議申立商標が、異議申立人の商号権を侵害した。

本件に関する商標評審委員会の決定(第16994号・2011年8月16日)は以下のとおり。1)異議申立人・無锡世泰盛経貿有限責任公司は織物を扱う老舗で、浙江省無锡市では高い周知性がある。また、商務部により「中国老舗」と認定されている。よって、その商号「世泰盛」は高い商業価値を有している。被異議申立人・無锡宇達紡織有限公司は同じく紡績業に属し、異議申立人と同じ地域にあるので、有名な「世泰盛」商号を当然知りえたはずである。したがって、被異議申立人のただ乗りの意図は明らかである。2)被異議申立商標の指定商品・役務は異議申立人が事業とする織物との関連性が高いため、関連消費者に商品・役務の出所を誤認させやすい。3)被異議申立人は信義則に違反しており、健全な市場秩序の構成・維持に悪影響を与えるおそれがある。これらの理由により、被異議申立商標が、異議申立人の商号権を侵害したと判断する。

北京市高級人民法院が2012年4月5日に下した判決(2012高行終字第298号)も、上記商標評審査委員会の判断を支持している。

事例2:自動車と鎖
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本件異議申立てのおもな理由は引用商標の著名性が高く、被異議申立商標は類似商品に登録されている引用商標と類似するというものである。

商標局による(2010)商標異字第15874号決定書、および商標評審委員会の商標評字(2012)第01415号決定書は次のとおりの判断を下している。すなわち、第12類の自動車などと第6類の錠などとは、生産技術、販売ルート、消費者、機能、用途などの面で明らかな差異があるため、商品は類似しない。

一審裁判所と二審裁判所は違う判決を下した。二審裁判所・北京市高級人民法院は2013年3月19日、以下のとおり判示した(2013高行終字第529号判決書)。すなわち、商品の類否を判断するには区分表を参考とすべきではあるが、より重要なのは、案件の事実関係から以下の三つ要素を抽出し、それらを総合的に判断すべきである。つまり、1)商品の機能、用途、生産部門、販売ルート、対象消費者などの面で、同一または高い関連性を有しているかどうか。2)それらの商品が同一の権利者を出所としたものであると対象消費者に誤認させやすいかどうか。3)対象消費者にそれらふたつの商品の提供元に関連性があると誤認させやすいかどうか。

本件においては、両商標の指定商品はたしかに区分表の異なる区分に属している。しかし、日常生活の常識から考えれば、バイク、自動車などの車両が盗まれることを防ぐため、錠を掛けるのが普通である。つまり、車両と錠とは厳密に関連している。よって、両者は機能、用途の面で高い関連性を有しており、また対象消費者もほぼ同一である。

被異議申立商標と引用商標と比較すると、商標自体が類似するうえ、指定商品も類似する。よって、商標評審委員会の決定を取消す。

事例3:漢方薬と栄養剤
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本 件異議申立てのおもな理由は異議申立人の商号「童涵春堂」に高い周知性があり、被異議申立商標が当該商号と類似していること。また、被異議申立商標の指定 商品と「童涵春堂」商号が用いられる商品と類似するから、被異議申立商標は異議申立人の商号権を侵害しているというものである。

商標評審委員会の決定(商評字2012第01954号) は以下のとおり。すなわち、異議申立人の商号・「童涵春堂」は被異議申立商標が登録出願される前に漢方薬において使用されており、かつ周知性を有してい る。しかし、被異議申立商標の指定商品(栄養剤など)と漢方薬とは商品の原材料、機能用途、販売ルート、対象消費者などの面で差異がある。よって、両商標 が併存したとしても対象消費者を誤認混同させることはなく、被異議申立商標は異議申立人の商号権を侵害していないと判断する。

一審裁判所である北京市第一中級人民法院が下した判決(2012一中知行初字第1736号)は以 下のとおり。すなわち、「童涵春堂」商号およびそのシリーズの商標はおもに漢方薬に使用され、高い周知性を有している。被異議申立商標の指定商品は非医療 用などであり、保健品に属している。両者の商品はいずれも消費者の健康維持に使用され、機能、用途の面で類似する。また、栄養剤、非医療用栄養カプセル等 の商品は薬品の重要な補助商品として、ドラッグストアや病院などの専門的な拠点で販売されており、販売ルートや消費対象も類似している、と。

二審裁判所の北京市高級人民法院は2013年4月19日、以下の判断を下した(2013高行終字第608号判決)。すなわち、異議申立人の商号「童涵春堂」は高い周知性を有していることは認める。中国では昔から、「薬食同源」という食養生の伝統が続いている。被異議申立商標の指定商品・食用蜂蜜、非医療用栄養剤などは、漢方薬とは主要原料、機能用途、販売ルート、対象消費者などの面で緊密な関連性を有しているため、両者は類似商品であると判断する。

事例4:醤油、調味料とごま油
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本件異議申立てのおもな理由は引用商標には高い周知性があり、被異議申立商標と引用商標の指定商品が類似しているというものである。

商標評審委員会の決定(第34098号)は、両商標の指定商品は原材料、加工工芸、販売ルートなどの面で大きな差異があり、類似商品ではないと判断した。

一審裁判所の北京市第一中級人民法院は2010年6月18日、以下のとおり判示した(2010一中知行初字第931号判決)。すなわち、両商標の指定商品の機能はいずれも料理用の調味料であり、販売ルート、対象消費者などの面で大きな差異がなく、類似商品であると判断する。また、商品の類否判断は引用商標の周知性、商品の出所混同の可能性などの視点から総合的に判断すべきである。

二審裁判所は一審の判決を支持した。

上告審で最高人民法院は2011年8月31日、以下のとおり判決を下した(2011知行字第7号裁定書)。すなわち、被異議申立商標の指定商品・ごま油は分類表の29類、2908類似群の「食用油脂」に属している。たしかに、ごま油は混合食用油(2種以上の油種を混合したもの)の原材料として使用されることもある。しかし、一般消費者はおもに料理用の調味料として使っており、その包装形状も小さく、醤油、酢の ような調味料に似ている。商品が複数の用途を有する場合、注意力が比較的低い消費者の判断に従うべきである。本件は家庭料理品むけの一般消費者を対象消費 者とすべきである。これらの消費者にとってはごま油は調味料と認められやすいため、両者は類似すると判断すべきである。

事案5:工業用接着剤と家庭用接着剤
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本件無効審判請求のおもな理由は係争商標が類似商品に登録されている引用商標と類似するというものである。

商標評審委員会が2009年3月2日に下した決定は以下のとおり(第4490号決定)。すなわち、係争商標の指定商品は家庭用の接着剤であり、引用商標は工業用接着剤に用いられる。両商品は製造、販売、対象消費者などの面で異なっている。よって、両商標の指定商品は類似しないと判断する。

二審裁判所の北京市高級人民法院は2011年1月5日、以下のとおり判示した(2010高行終字第1499号判決書)。すなわち、商品の類否判断は機 能、用途、生産部門、販売ルート、対象消費者等の面から総合的に判断すべきである。また、対象消費者の立場から、商品に関連性があるとの誤認混同を惹起さ せるかどうかの判断も重要である。本件の両商標の指定商品は異なる商品区分に所属するものの、商品がいずれも「ものを接着する」との機能を有しており、ま た実際の使用においても用途の重なりもある。また、販売ルートも類似しており、対象消費者に誤認混同させやすいと考える。

3.おわりに

上記の事例を通して結論を述べれば、自社商標の周知性、相手の不正の目的などの証拠、商品の関連性に関する論証が十分であれば、区分表を超えた判断がなされれる可能性がある。また、そのこ

とで不正登録行為を効果的にに阻止することが可能である。

数多くの審査事例や弊社の実務経験から、商品の関連性を論証するには以下の要素を考慮すべきである。

  • 商品の機能、用途の関連性
  • 商品の原材料、構成成分の関連性
  • 商品の販売ルートが同じであるかどうか
  • 両商品が完成品と部品の関係にあるかどうか
  • 商品の生産者、消費者が同じであるかどうか
  • 一般消費者の消費習慣、商品に対する理解など

  なお、本文に列挙されている事例は裁判所の判断や商標局、商標評審委員会の審査を拘束するものではない。

 

執筆者     上海博邦知識産権服務有限公司
IP登録事業部
主任 姚 暁晴
2014年11月20日